AIを使い始めたのに、なぜか仕事が速くならない——むしろ前より時間がかかっている気がする——もしそう感じているなら、それはAIのせいではありません。
ぼくの結論を先に言ってしまいます。AIで生産性が落ちる人は、基礎ができていないだけです。AIは魔法の杖ではなく、リトマス試験紙です。基礎がある人を加速させ、ない人の差をくっきり露わにしていきます。順序を間違えた人から、静かに置いていかれていくのです。
AIさえ使えれば安泰、という空気がある#
「AIが全てで、AIさえ使いこなせれば安泰だ」という空気が、いまそこら中に漂っています。学習なんて不要、これからはAIに聞けば全部わかる、と。
先日、ある投稿が目に留まりました。ソフトウェア開発の現場に40年いるというエンジニアが、こんなことを書いていました。「AIが使えるだけの人材は替えが効く人材で、AIの普及でどんどん重視されなくなる」「作業自体はAIがするだろうけど、思考する力という意味では基礎力を身につけるのはとても重要」。そして強烈な一言。「これからは基礎を疎かにした人からAIに置き換わってくと思う」。
ソフトウェアエンジニアリングとCS(コンピュータサイエンス)の文脈からの発言です。言っていることには、ぼくも深くうなずきました。
でも「CSを全部学べ」とは少し違う#
ただ、正直に言うと、引っかかった部分もあります。この主張をそのまま受け取ると、「すべてのITエンジニアは論理回路もレジスタもアセンブリも理解しなければならないのか」「コンピュータ科学を一通り修めろということか」という気持ちになるからです。
低レイヤの仕組みを理解することが大事なのは間違いありません。でもぼくが書きたいのは、もっと広い話です。ITエンジニアに限らない、すべてのビジネスパーソンに効く「基礎力」の話。専門用語で言えばポータブルスキル、いわゆるビジネス基礎力のことです。
CSの基礎とビジネスの基礎は、対象こそ違えど構造はまったく同じだと思っています。AIを先に覚えても、土台がなければ空回りしてしまう。その一点で、40年選手のエンジニアとぼくは同じ景色を見ています。
AI時代に基礎力が重要な理由#
抽象論で終わらせたくないので、ぼくが実際に目撃した現象から話します。
会議でAIにメモを取らせている人の話#
直近のプロジェクトに、会議中まったくメモを取らないメンバーがいました。代わりに何をしていたかというと、AIに疑似的な議事メモを書かせて、あとから録音を聞き直しながら修正して提出する、というスタイルです。
一見すると効率的に見えます。会議に集中できるし、メモは自動化される。ところが起きたのは正反対のことだったのです。
まず、AIが書いたメモには誤りが混ざります。発言の前後関係や文脈をAIは取り違える。それを直すには結局、録音を頭から聞き直すしかありません。本来なら会議直後に30〜40分で仕上がるはずの議事録が、3〜4時間かかるようになりました。
もっと深刻なのはここからです。この人には、知識も学びも蓄積しません。会議中も話を右から左に流しているだけだから、自分の頭の中には何も残りません。次の会議でも、また同じことを繰り返します。
何が起きているのか#
AIは、何も悪くありません。指示された通りに、正しく動いています。壊れていたのは、人間側の学びの回路の方です。
会議でメモを取るという行為は、単なる記録ではありません。聞きながら要点を選び、自分の言葉で書き直し、わからないところに気づいて後で調べる——そのプロセス全体が「学び」だったのです。AIにメモを丸投げした瞬間、この学びの回路ごと外注してしまったわけです。
その結果、時間は増え、理解は減る。これがAI時代に基礎力が重要だと言われる現象の、いちばん生々しい正体だと思っています。
ポータブルスキルの根幹——「学ぶスキル」の話#
では、ここで言う「基礎力」とは具体的に何なのか。ポータブルスキルにもいろいろありますが、ぼくが最も根幹だと考えているのは「学ぶスキル」です。
自分事で考える、手を動かす、後で調べる#
学ぶスキルを分解すると、こんな姿勢の束になります。
- 自分事で考える 対岸の火事として眺めるのではなく、自分の問題として引き受ける
- 手を動かす 会議中に自分でメモを取り、要点を選び、自分の言葉に変換する
- 後で調べる わからなかったことを放置せず、自分で掘り下げて理解を深める
ぼくはこれをブログで以前「キャッチアップ力」として定義しました(詳しくはこちらの記事に書いた)。新しい環境や課題に放り込まれたとき、自力で立ち上がっていける力のことです。
AIはこのプロセスを代替できない#
ここがいちばん誤解されている点です。「AIが教えてくれるなら、自分が学ぶ必要はないのでは」という発想。
でも、「AIに説明される」ことと「自分が分かる」ことは、まったくの別物です。先ほどの40年選手のエンジニアも、同じことを鋭く突いていました。「説明さえされれば理解できるが真なら、なんで今まで本を読んでも理解できなかったの?」と。
どれだけAIが噛み砕いて、子供に教えるように説明してくれても、分からないものは分からないままです。理解は、自分の頭を通過させて初めて自分のものになります。学ぶスキルだけは、外注できない領域に残り続けるんだと思います。
「専門性×AI」——DeNA南場社長も同じことを言っていた#
おもしろいのは、まったく違う立場の人が、同じ結論にたどり着いていることです。
DeNAの南場智子社長が、あるインタビューで「AI単体では意味がない」と語っていました。重要なのは「専門性×AI」という掛け算の構造で、しかも本質は「専門性」の側にある、という趣旨です。
経営者が見ている景色と、現場でメモを取らないメンバーを横目に見ているぼくの景色は、まるで違います。それでも結論は重なりました。AIは掛け算の係数であって、土台となる「1」がなければ、何を掛けてもゼロのまま。専門性や基礎力という「1」を先に育てた人だけが、AIで何倍にも伸びていく。
立場の違う2人が同じことを言っているとき、そこにはたいてい構造的な真実が隠れています。
専門性の蓄積が生む「視座」こそが、AIへの問いの質を決める。この構造については視座がないと、AIは空回りするでも書いた。
AIはリトマス試験紙だ#
ここまでの話を、ぼくは一つの比喩に集約しています。AIはリトマス試験紙だ、と。
基礎がある人は加速する#
基礎力がある人にとって、AIは強力な増幅装置です。要点を見抜く力があるから、AIの出力の誤りにすぐ気づく。自分の言葉を持っているから、AIの叩き台を的確に直せる。学ぶ回路が生きているから、AIとの対話そのものからさらに学んでいく。
基礎がない人は差が露呈し、能力が減衰していく#
逆に、基礎がない人にAIを渡すと、リトマス試験紙は別の色を示します。誤りに気づけず、直せず、学べません。それどころか、自分で考える機会をAIに明け渡し続けることで、もともと持っていた力すら少しずつ減衰していきます。
会議でメモを取らなくなったあのメンバーは、まさにこの「反応しない方の水溶液」だったのです。AIを使えば使うほど、差が開いていく。残酷ですが、これがリトマス試験紙の正体です。
順序の問題だ#
ここまで読んで、「結局AIを使うなということか」と思った人がいるかもしれません。違います。ぼく自身、AIを毎日ぶん回しているぐうたら人間です。
問題は、使うか使わないかではなく、順序だったのです。
知識と実務をちゃんと身につけたうえで、AIでスピードアップしていく。これが正しい順序です。逆に、基礎をすっ飛ばしてAIから入ると、空回りします。「AIがあるから基礎学習はいらない」というのは、いちばん危うい入り方なんだと思います。
もちろん、「では今から何十年もかけて基礎を積めというのか、AIの進化に間に合わないだろう」という反論はあるでしょう。でも、ここで言う基礎は、網羅的な知識の暗記ではありません。
自分事で考え、手を動かし、後で調べる——その学ぶスキルは、今日の会議から鍛え直せます。AIにメモを丸投げするのをやめて、自分でペンを取るだけで、回路は動き始めます。
まとめ:AIは土台を映す鏡であって、土台そのものにはならない#
AIで生産性が上がらないとき、疑うべきはAIではなく、自分の土台の方かもしれません。
あなたが今いちばん「AIに任せて楽になった」と感じている作業は、本当は、あなたの基礎力がいちばん育つはずだった場所ではないでしょうか。


